写真左側:二代目 晃平さん、写真右側:初代 晃章さん
宮崎県西都市有吉町の「江戸長」は、1995年に創業した地元から愛される「寿司屋」の一つです。
初代の古田
晃章 さんと息子さんで二代目の
晃平 さんに、お店のこだわりや思い、今後の展望などについてお話しを伺ってきました。「江戸長」ならではの魅力をぜひ知ってくださいね。
西都市の江戸長|開業ストーリーと店名の由来
「江戸長」の古田 晃章さんが、なぜ宮崎県西都市で寿司屋を開業するに至ったのか。その経緯と店名の由来についてご紹介します。
「江戸長」開業までの道程
初代の古田 晃章さんは、宮崎県西都市生まれ。その後、西都商業高校に進学しましたが、当時「寿司職人」になることは考えていなかったそうです。
勉強が得意ではなかった晃章さんに、進路指導の先生が勧めたのは「寿司職人」という道でした。
当時、西都商業高校からは、大阪の寿司チェーングループ「うを佐」への就職ルートがあり、晃章さんの先輩たちも何人かそこで働いていたとのことです。
晃章さんは、大阪で8年間の厳しい修業を積んだ後、宮崎県内の寿司屋でもさらに修業を重ねます。そして32歳の時、ついに自分の店「江戸長」を開店しました。
大阪修業時代、一日何百本と作った巻き寿司
店舗名の由来
店舗名の由来についてですが、晃章さんは宮崎県内での修業時代に、宮崎市の「江戸銀」や西都市の「うを長」といったお店で修業を積んでいました。
その2つのお店から名前をいただき、現在の「江戸長」という店名が付けられたそうです。
江戸長 一代目 店主インタビュー|苦労と喜び、そしてこれから
「江戸長」を営む初代 晃章さんに現在に至るまでの苦労や喜び、そして今後の展望についてお話を伺いました。
お店をやっていて大変だったこと
32歳で江戸長を始めて、今は62歳だけど、幸いなことに開業してからずっと順調だった。
ただ、唯一コロナの時期は本当に大変だった。外出自粛の要請も出たでしょ、うちら飲食業界は本当に大変だったよね。
お店を続けてきて良かったこと
お店を続けてきて良かったことは、いろんな方と出会えることだね。
多くのお客さんと知り合い、その一人一人のことを覚えながら、さまざまな人生を学んでいく。こんなに楽しい仕事はないんじゃないかな。私はそう思うね。
今後の展望
どの業種でも同じことが言えると思いますが、西都市の人口はどんどん減少しているため、来店されるお客様の数も少なくなっていくのではないでしょうか。
その中で生き残るためには、一度当店に足を運んでくださったお客様に気に入っていただき、長くご愛顧いただけるように、一生懸命努力していきたいと考えています。
お客様Firstで、来店してくださる方々を大切にしていきたいです。
まぁ、将来のことは息子に託します(笑)
江戸長 二代目 店主インタビュー|受け継ぐこだわりと、未来への挑戦
二代目 古田 晃平さん
初代の古田 晃章さんの息子であり、現在一緒に江戸長を支えている二代目の古田 晃平さんにもお話を聞きました。
親父が寿司屋を営んでいたこともあり、気がつけば自分も同じ道を歩んでいました。
西都の高校を卒業後、一度は大阪で修行を始めたのですが、新しい環境になじめず、わずか半年で体調を崩してしまいました。
そんなときに、親父が「江戸長に帰って来い。俺の店で一緒に立とう。」って言ってくれて、今がありますね。
まずは、親父の店やこだわりをしっかりと引き継ぎ、長く続けていくことが目標です。
江戸長で提供している、昔ながらの良さを大切にした寿司が、時代を経て逆に新しい価値を持つようになるまで、この店を守り続けていきたいですね。
江戸長のこだわり
店主は、「味をぶらさないこと」「職人の技を守り続けること」が大切だと語ってくれました。
例えば、江戸長のすべての料理の基本である「だし」は、手間も時間もかかりますが、昔ながらの方法で昆布から丁寧にとっています。
今の時代、だしをはじめ多くのものがインスタントで簡単に作れるようになりましたが、江戸長では一切インスタントのものを使用しません。お茶ひとつとっても同じです。
手間も時間もお金もかかる。しかし、昔ながらの職人技を駆使し、すべての料理にこだわり抜く。そして、その一皿でお客様に喜んでいただく――それが江戸長のこだわりです。
江戸長を訪れた著名人の写真
「江戸長」で、職人技が光る本格寿司を
「江戸長」は、職人技が光る本格寿司を楽しめる、昔ながらの風情を大切にしたお寿司屋です。
西都市を訪れた際は、ぜひ足を運んでみてください。心もお腹も満たされる、至福のひとときが待っています。