宮崎県西都市調殿の「藤うなぎ」は昭和61年(1986年)に創業した老舗で、地元から愛される「うなぎ料理専門店」の一つです。
店主の藤原
年治 さんに、こだわりや思い、今後の展望などについてお話しを伺ってきました。「藤うなぎ」ならではの魅力をぜひ知ってくださいね。
西都市の藤うなぎ|創業ストーリーと店名の由来
「藤うなぎ」の店主である藤原年治さんが、なぜ宮崎でうなぎ料理の名店を開業するに至ったのか。その裏にある意外な経緯と、店名の由来についてご紹介します。
店主 藤原年治さんの経歴|うなぎ専門店を開業するまで
店主の藤原
年治 さんは、大阪府
和泉 市出身。20歳前半までは大阪で鉄工業関係の仕事をしていましたが、奥さんと出会い、彼女の故郷である宮崎に移住しました。
そして、宮崎県佐土原市にある「うなぎの問屋」で働くことになり「うなぎ」と出会います。
問屋には、西都市のうなぎ屋をはじめ近辺のうなぎ屋が買い付けに来ていたそう。藤原さん自身、ここで培った「目利き」の力が今に生きていると言います。
27歳の時独立、宮崎県新富町にて「うなぎの一次加工(白焼きまで)」業を創業。
よく訪れていたお客さんが「藤原さんのうなぎは良いけん、飲食店もやってみたら?」という一言をいただき、一念発起!
1986年(当時33歳)の時に、現「藤うなぎ」を開業しました。
店舗名の由来
開業のきっかけとなった「うなぎの一次加工(白焼きまで)」業は、奥様の親族も別の店で行っていたそうです。その別店の名前が「
松鰻 」。
これをもじって、自分の名字の「藤」とうなぎを簡単に読めるようひらがなに変更し、「藤うなぎ」と命名しました。
店内の様子
来店するお客様は年配の方が多く、都城、延岡、日南などの遠方からも「おいしくて安い」うなぎを求めて常連さんが訪れるそうです。
自然に囲まれた場所に店舗がある、藤うなぎ。
自然に囲まれた緑豊かな場所
店主は、お客様にうなぎを味わいながら窓から見える自然を楽しみ、ゆったりとした時間を過ごしていただきたいと考えています。
広い駐車場
藤うなぎ店主インタビュー|苦労と喜び、そして今後の展望
藤原さんに開業から現在に至るまでの苦労や喜び、そして今後の展望についてお話を伺いました。
お店をやっていて大変だったこと
「飲食」という未知の世界への挑戦。最初は、お客さんがきてくれるかな~、店をやっていけるかな~...と心配ばかりでした。
幸い西都市には有名な「うなぎの入船」さんや老舗の「本部うなぎ屋」さんがいて昔から繫盛していたので、うちもがんばってみっか!と勇気をもらえた部分はありますね。
お店をやっていて良かったこと
いろいろな方々が来てくれて対話できることがとても面白く、今でも本当に楽しいです
あと、やっぱり「おいしかったよ」という一言が何よりも嬉しく、疲れも吹っ飛びます。これからも来てくれるお客様に「おいしい」と感じていただけるよう、精進していきます。
今後の展望
体が今は元気だし、来ていただけるお客さんのため、できるところまでがんばって続けていきたいですね。
本音を言うと、息子にこの店を継いでほしいんですよ。今のところそんな予定は全くないけど(笑)、もし息子が継ごうと決めて帰ってくる時まで、俺が頑張ってやろうと思ってます。
これからも「おいしい」と感じていただける「うなぎ」を提供できるよう一生懸命がんばります。
藤うなぎの魅力|安さとこだわりの逸品
「うちのうなぎは安いよ」と語る、店主の藤原さん。「うなぎの問屋」に務めていた経験を活かし、企業秘密の独自ルートで安価に「うなぎ」を仕入れているのだそう。
宮崎県随一「うなぎの肝」の量
うなぎの肝甘煮
藤うなぎで一番のこだわりがあるという「うなぎの肝の量」。
うなぎの肝甘煮には、1尾からひとつしか取れない希少な肝が7~8匹分とたっぷり!うなぎの肝が好きな人にはたまらない一品です。
「臭みがなくあまい」「おいしい」のはもちろんのこと、仕入れ費を抑えることでこの量の肝を提供できるのだそう。この量を出しているのは宮崎県で他にないと藤原さんは自負します。
藤うなぎオリジナル料理「塩焼き」
創業当時からある「うなぎの塩焼き」。この料理は、藤うなぎオリジナルのうなぎ料理です。
香ばしいうなぎの塩焼きにバターの風味が広がり、これまでのうなぎ料理のイメージのない背徳感を味わうことのできる新境地でした。
西都市で安くておいしい「藤うなぎ」
実はライターの私の家族は「藤うなぎ」が大好きで、私も小さい時からお世話になっていました。
インタビューしてみて今まで全く知らなかった、藤うなぎの「こだわり」「安さの秘訣」などを聞けて、さらに「藤うなぎ」が好きになりました。
お客さんに喜んでもらうために”安くておいしい”を一番に考えているという「藤うなぎ」さん、皆さんもぜひ一度足を運んでみてくださいね。