REPORT特集

記紀の道を巡る後編 | 人々が紡いできた神話の伝承地

2024.06.03



こんにちは!ライターのまつです。

今回は古代ロマン、そして最も古いと云われる恋の物語を知ることのできる「記紀の道」を巡るの後編です。

まだ前編を読んでいないという方はぜひ「記紀の道」前編からどうぞ。 ※古事記、日本書紀の伝承地には所説あります。 

記紀の道スポット⑥「児湯の池」(こゆのいけ)


 
住所 宮崎県西都市三宅4503(Googleマップ

コノハナサクヤヒメが、出産した三皇子の産湯として使われていた池が6か所目のスポットの 児湯の池 こゆのいけ です。

無戸室 うつむろ からは約90m、歩いて2分ほどの場所に位置しています。

児湯の池に伝わる神話



昔、この辺りは水のにごった沼地の多いところだったそうですが、児湯の池だけはきれいな水が湧いていたそうです。



コノハナサクヤヒメが産んだ三皇子の産湯にこの池の水が使われたと云われています。地域では「洗ん子(あれんこ)」と呼ばれ、池のほとりにはお産の神様が祀られています。



泳いでいる鯉が見えるくらい透き通った池です。



またこの地方は子湯県(こゆのあがた)、児湯郡(こゆぐん)と言われ、「児湯」の地名発祥の地とも言われています。

はるか昔の神話が現在の地名にも残っていると考えると、ロマンを感じます。

記紀の道スポット⑦「石貫神社」(いしぬきじんじゃ)


 
住所 西都市三宅4615(Googleマップ

ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメが結ばれる前の神話が伝わる場所が、7か所目のスポット石貫神社です。

祭神はコノハナサクヤヒメの父である山の神オオヤマツミノカミです。児湯の池からは約60m、歩いて4分ほどの場所に位置しています。

石貫神社に伝わる神話



ある日、コノハナサクヤヒメを嫁に欲しいという鬼が現れました。

父神のオオヤマツミノカミは「一晩で石造りの窟(いわや)を完成させれば娘を嫁にやる」と鬼と約束をします。



鬼は夜を徹して朝日の出る前に窟を完成させました。しかし翌朝に父神と鬼が確認すると窟から石が1枚抜けていたことを理由に、完成できなかったとされ結婚は叶いませんでした。


参道の入口にある父神が投げた石
完成していた窟のはずでしたが、実は父神が鬼の寝ている間に石を抜き投げ飛ばしていたのです。この石が落ちた場所が石貫神社と云われており、石貫の地名の由来にもなっています。
 

西都原へ続く石貫階段



石貫神社から西都原古墳群へ進んでいく、坂道の途中で見えてくるのが石貫階段。この階段を上がると西都原古墳群があります。



全部で169段あり、学生やスポーツ選手のトレーニングや地域住民の運動にも使われています。



石貫階段の一番上から見る景色は西都市の街並みが見渡せる絶景スポットです。

記紀の道スポット⑧「大山祇塚」(おおやまつみづか)


 
住所 宮崎県西都市三宅4572(Googleマップ

コノハナサクヤヒメの父神オオヤマツミノカミの御陵と云われている古墳が8か所目のスポットの 大山祇塚 おおやまつみづか です。

石貫神社から400m、歩いて6分ほどの場所に位置しています。
 
大山祇塚は全長90㎝の 柄鏡式 えかがみしき 前方後円墳という古墳です。
 
柄鏡式前方後円墳とは

前方部が先端に広がっていない柄鏡の柄のような形をした前方後円墳。

大山祇塚に伝わる神話



石貫神社周辺に長い年月住まわれていたと云われるオオヤマツミノカミ。イザナギとイザナミの間に生まれ、自然、森林を司る山の神として信仰されています。

コノハナノサクヤヒメとニニギノミコトが結婚をした際に宴で酒を振る舞ったため「酒造の神」とも云われており、お酒の発祥に関する神話ではコノハナサクヤヒメと一緒にお酒を造ったという説もあります。
 

記紀の道スポット⑨「鬼の窟」(おにのいわや)


 
住所 宮崎県西都市三宅(Googleマップ

コノハナサクヤヒメを嫁に欲しいと現れた鬼が造った石造りの窟が9か所目のスポット 鬼の窟 おにのいわや です。西都原古墳群の中央部に位置しており、大山祇塚からは1.5km、歩いて15分ほどの場所に位置しています。
 


西都原古墳群で唯一横穴式石室がある円墳で、中に入り見学することができます。

鬼の窟に伝わる神話



石貫神社に伝わる神話で紹介した、コノハナサクヤヒメを嫁に欲しい鬼が一晩で作ったと云われる石造りの窟が、この鬼の窟です。



一夜で造られた窟ですが父神が天井岩を投げて未完成とされました。その投げた岩が石貫神社まで飛んで行ったそうです。

鬼に同情してしまうような神話ですが、この鬼、悪い鬼だったという話もあります。父神が機転をきかしてコノハナサクヤヒメを守ったのかもしれないですね。

記紀の道スポット⑩「男狭稲塚・女狭稲塚」(おさほづか・めさほづか)



男狭稲塚
住所 宮崎県西都市三宅5652(Googleマップ

女狭稲塚
住所 宮崎県西都市三宅5292(Googleマップ


ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの御陵と云われる古墳が最後のスポット男狭稲塚・女狭稲塚です。鬼の窟から600m、歩いて6分ほどの場所に位置しています。

男狭稲塚は墳長154.6m・高さ19.1mの日本最大規模の帆立型古墳。女狭稲塚は墳長176.3m・後円部長96.1m・高さ14.6m、九州最大規模の前方後円墳です。
 
帆立型古墳とは

円丘に小さな方形の張り出しがついている平面形が帆立貝形の古墳。


天皇家の陵墓参考地として宮内庁により管理されているため通常は立ち入りができません。毎年11月の「古墳まつり」2日目の日曜日には年に一度の特別参拝が行われています。
 

男狭稲塚・女狭稲塚に伝わる神話



ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの御陵と伝えられていますが、別の説もあります。



男狭稲塚は「日本書紀」に登場する髪長媛(かみながひめ)の父となる諸方君牛諸井(もろかのきみうしのもろい)、女狭稲塚は髪長媛(かみながひめ)という説もあるそうです。

記紀の道を探索してみて



西都の日常に溶け込んでいる記紀の道。

神話を知ってから改めて記紀の道を歩いていると神代の昔と現代を繋いでくれるような感覚になりました。

西都市に訪れた際には、ぜひゆっくり歩いてみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人

まつ

2023.01に宮崎県西都市に移住してきた「まつ」です。

西都市地域おこし協力隊として、移住者目線で西都の魅力を発信しています。