宮崎県西都市小野崎の「ジキルtoハイド」は昭和61年(1986年)に創業した老舗で、地元から愛される洋食店の一つです。
店主の日高
康弘 さんに、こだわりや思い、今後の展望などについてお話しを伺ってきました。「ジキルtoハイド」ならではの魅力をぜひ知ってくださいね。
西都市のジキルtoハイド|創業ストーリーと店名の由来
「ジキルtoハイド」の店主である日高
康弘さんが、なぜ宮崎県西都市で洋食店を開業するに至ったのか。その経緯と店名の由来についてご紹介します。
店主 日高康弘さんの経歴|地元民でにぎわう洋食店を開業するまで
店主の日高
康弘 さんは、宮崎県西都市出身。「将来は自分の店を開きたい」という夢を抱き、20歳の時に料理の世界に入ります。
宮崎 一ッ葉有料道路の近くにあったレストラン「
松月 」にて、洋食全般の修行を行いました。
夢が実現したのは、7年間の修行を経た27歳のとき。
日高さんは宮崎市で店を開くことも考えていましたが、親から地元である「西都」でお店を出し西都をを盛り上げてほしいと言われたのもあり、西都市の中心街小野崎に現「ジキルtoハイド」を開業しました。
店舗名の由来
「ジキルとハイド」とは、イギリスの代表的小説のタイトルで一般に二重人格を意味する言葉です。
日高さんは、昼と夜全く別の顔を持つ店にしたいという想いで、「ジキルtoハイド」と命名しました。
ジキルtoハイド 店主インタビュー|苦労と喜び、そして今後の展望
日高さんに開業から現在に至るまでの苦労や喜び、そして今後の展望についてお話を伺いました。
お店をやっていて大変だったこと
苦労したことはいっぱいあるね~(笑)
一番大変だったのは、メニューの構築ですね。僕の店は「オリジナル」にこだわり、この店にしかないメニュー作りを目指しています。
そのメニューの構築・積み上げに苦労したね。一方で、作り込みすぎるとオペレーションの問題も出てきて。
メニューの組み立てとそれに合わせた人員配置(オペレーション)を工夫して、常に良いサービスを提供できるよう心がけていますね。
お店をやっていて良かったこと
お店をやっていて良かったことは、多くの方とふれあいの機会が増えたことですね。やっぱり「人とのふれあい」が一番です。
今後の展望
まずはこれからも「ジキルtoハイド」を続けていきたいですね。
今後はね~、後継者探しや事業拡大、事業継承など考えることもいっぱいで……でも「料理のクオリティ」だけは落としたくない。
クオリティを保ちながら、これからも挑戦を続けていきたいです。
あと、私が楽しみたいですね、この仕事を(笑)楽しくないと料理はおいしくならない。それをモットーに楽しく、「おいしい」と言ってもらえる料理を作り続けたいですね。
ジキルtoハイドの魅力|安さと気軽に入れるお店作り
日高さんがこだわっているのは、普段でも気軽に食べられる価格帯の料理を提供することです。
価格も含めた「おいしい!」を追求
ふらっとお店に来て、リーズナブルな価格で「おいしいね!」と言ってもらえるようなメニューを数多く用意。
また、特別な日のために、ステーキやパエリアなど贅沢な料理も取りそろえています。
気軽に入れるお店を目指す
お客さんは、年配の方から若い方まで幅広い年代の方が訪れるそうです。
お店には広いテーブル席からカウンター席まで用意されていて、お客様同士でもコミュニケーションが生まれる、かたくるしくない「自由」な雰囲気づくりを意識されているのだとか。
店内の様子
カウンター席
ジキルtoハイドのオリジナル料理「スパサラ」
店主 日高さんおすすめの料理は「スパサラ」。
聞きなれないこの料理、醤油ベースの和風パスタに、たっぷりのサラダがのっていて、野菜をたくさん摂れるのが嬉しいポイントです。
夏にサラッと食べられるパスタを考えて、この料理を考案されたとのこと。
今では老若男女問わず注文される「ジキルtoハイド」人気No.1メニュー。私も食べてみましたが、野菜がいっぱい乗っていてサッパリしているのに満足できる新感覚の逸品でした。
西都市で安くておいしいイタリアン「ジキルtoハイド」
「ジキルtoハイド」は、ライターの私自身足しげく通っているお店です。(私のおすすめはカルボナーラ^^)
今回、店主 日高さんにお話を伺い、料理や雰囲気づくりに対する情熱を感じました。
初めての方でも必ず満足でき、ゆっくり過ごせるお店「ジキルtoハイド」、皆さんもぜひ一度足を運んでみてくださいね。